8年間にわたり津田塾大学学長として立派なご見識とお人柄で津田塾大学にご尽力くださいました志村尚子先生のあとを受け、11月1日をもって学長に就任することとなりました。2004年度海外研修で4月から1年間の予定で滞在しておりましたカリフォルニアから急遽帰国してこの任をお受けすることになり、自らの非力さを省み、その責任の重みに身の引き締まる思いでおります。しかし、このような場と機会をお与えいただきましたからには、津田塾大学の発展のために全力を尽くしたいと存じます。
18歳人口の減少に伴う大学の危機が叫ばれるようになってかなりの時が経ち、大学はいずこもいろいろな改革に取り組んでいます。津田塾大学も、志村前学長のリーダーシップのもとで全学の教員と職員が協力しながら、大学をよりよくするために努力してきました。多文化・国際協力コースの設置はその一例ですし、各学科もそれぞれに改革をめざして多方面にわたる努力をさらに重ねつつあります。そのような大学内部での努力が反映して、「学生の満足度」や「就職に強い大学」などといった尺度での津田塾大学の評価は社会において相変わらず高く、心強いことです。
また、本年度、優れた大学教育を財政支援し、高等教育のさらなる活性化を図るため文部科学省が募集した「特色ある大学教育支援プログラム(特色GP)」に、津田塾大学は「発展し続ける英語教育プログラム─ボーダーレス時代の多様なニーズに応えて─」というテーマで応募し、採択されました。これも教員・職員の努力が実ったものとして喜ばしいニュースです。津田塾大学の教育目標である「学生の自主性の尊重、少人数教育、高度な専門性と幅広い教養の融合、国際性」を達成するための英語教育が効果を上げていると認められた、つまり本学では当たり前のようになっていた教育目標が実際に有効であり、他大学の見本になるということが外部にも認識されたことは、私たちにとって大きな励みでもあります。
学生として本学で教えを受けたことを、私自身、誇らしく思い感謝しておりますが、それは、「よい教育をしている」という自信を持ち喜びを味わっている「熱心な先生」方と、献身的な職員に恵まれたからこそだと思っております。学生時代のこの「感動」を次の世代に伝えることは私個人の役目であるとの気持ちで、本学の教員としての長い期間、学生に接することで、その役目をいくらかでも果たせることを幸運に思ってまいりました。このたび、学長の立場におかれましたことは、その役目をさらに進めるようにとのご指示だと受け止めております。
本学創立100周年を記念して出版された本のひとつ、『津田梅子を支えた人びと』には、梅子先生を重要なところでしっかりと支え、本学の発展に尽くした人びとが描かれていますが、これからの4年間、私自身が、皆さまとともに「支えた人びと」のひとりになるつもりで、微力ではありますが本学のために働きたいと考えております。
これまで津田塾大学の歴史を作ってこられた先達から学び、成し遂げられたものをしっかりと守りながら、教員・職員の皆さまと将来の夢を語り合いつつ、前進していきたいと思っておりますので、どうぞ、皆さまのご助言とお力添えをお願い申しあげます。
氏名 |
就任 |
退任 |
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| 女子英学塾 | 津田 梅子 | 1900(明治33年)9月 | 1929年(昭和4年)8月 |
| 津田英学塾・ 津田塾専門学校・ 津田塾大学 |
星野 あい | 1929年(昭和4年)9月 | 1952年(昭和27年)3月 |
| 津田塾大学 | 粕谷 よし | 1952年(昭和27年)4月 | 1962年(昭和37年)3月 |
| 藤田 たき | 1962年(昭和37年)4月 | 1973年(昭和48年)3月※ | |
| 中島 文雄 | 1973年(昭和48年)11月 | 1980年(昭和55年)10月 | |
| 大束 百合子 | 1980年(昭和55年)11月 | 1988年(昭和63年)10月 | |
| 天滿 美智子 | 1988年(昭和63年)11月 | 1996年(平成8年)10月 | |
| 志村 尚子 | 1996年(平成8年)11月 | 2004年(平成16年)10月 | |
| 飯野 正子 | 2004年(平成16年)11月~現在に至る | ||
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