- 新聞・雑誌への寄稿文 -


2009/10/10(土)

「学びの名言」

株式会社国政情報センター 『月刊 生涯学習』(2009年10月号)

株式会社国政情報センター 月刊 生涯学習 2009年10月号より

株式会社国政情報センター 『月刊 生涯学習』文部科学省編集協力(2009年10月号)

この記事は株式会社国政情報センターの許諾を得て転載しました。

2007/12/01(土)

「学長が読者に伝えたい贈り物の心」

プレジデント社 『プレジデントファミリー』(2008年1月号)

 「学長が読者に伝えたい贈り物の心」という記事が掲載されました。津田塾大学の他、北海道大学、東京学芸大学、横浜市立大学、神戸大学の学長が登場しています。
 写真撮影:小川聡



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※プレジデント社の許諾を得て掲載しました。

2007/10/05(金)

リベラル・アーツ教育のこれから

リベラル・アーツ教育の実践-津田塾大学の例

日本私立大学連盟 『大学時報』 No.316 (2007年9月)

1 「女子英学塾」の教育理念
 1900年9月14日、東京・麹町一番町のささやかな校舎で、津田塾大学の前身、女子英学塾の開校式が行われた。創立者で塾長の津田梅子は、開校式式辞の中で、塾を開いた理由と塾の目指すところ、つまり教育に必要なものとして次の3点を強調している。

  1. 真の教育に必要なのは、校舎や設備よりも、教師の資質、教師と学生の熱意、忍耐と勤勉、それから両者が勉強していくうえでの精神であること。
  2. 知識の分配ではなく、真の教育をするには一人ひとりが別々の個人として扱われるべきであり、そのためには少人数教育が必須であること。
  3. 専門分野で完全になることに努める一方、その学問にとらわれて視野を狭めるのではなく、完い女性(all-round women)を目指して広い視野をもつこと。

 津田梅子は、all-round women語に替えてcomplete womemという表現を用いることもあった。いずれも、リベラル・アーツ教育によって、そのような女性が育つとの信念を示している。創立者が唱えたこの教育理念が、現在の津田塾大学にも生きている。 つまり、本学は、「21世紀の複雑で多様なニーズに対応すべく、グローーバルに、そしてローカルに、勇気、情熱、志をもって世界を開き、社会に貢献する女性の育成」を目指すことをうたい、その教育の柱として以下の4つを挙げているのである。
  1. リベラルアーツに裏打ちされたオールラウンドな人間力。
  2. 世界に向けての知(wisdom)の発信力。
  3. 国際的に活躍・行動するための英語力とコミュニケーション能力。
  4. 生涯を通して学び続ける姿勢。

2 リベラル・アーツ教育の継承-「即戦力」にとどまらない力
 この4つの柱がリベラル・アーツ教育の実践として、創立者の教育理念をはっきりと継承していると言えよう。これらの柱のどれが欠けても、効果的なリベラル・アーツ教育は実現できない。
 また、津田梅子の教育理念では、リベラル・アーツ教育によってリーダーシップが育まれる、つまり、リベラル・アーツ教育を受けた女性は、社会におけるリーダーになる力をもつと考えられた。 本来、古代ギリシャ・ローマの民主制の時代には、自由市民は、自由をもつと同時に、知力、体力、統率力、競争力などに優れ、さまざまな責任を負っていた。つまり全人的に優れていることが要求 されたのであり、このような人になるための学問がりベラル・アーツであった。リベラル・アーツは、当時の社会においてはエリートになるための学問であったのであり、津田梅子が目指したのは、 まさにエリート教育であった。
 現在では、文字どおりのエリートを育てるというよりも、社会に貢献できる力をもつという意昧でのリーダーと考えるべきであろう。21世紀の多様で複雑なニーズに応えて、社会に貢献する、 社会のリーダーになるために必要な、しっかりした人間力は、このような教育によって得られると考えるのである。
 本学の教育の柱の(2)「世界に向けての知の発信力」と(3)「国際的に活躍・行動するための英語力とコミュニケーション能力」は、英語あるいは他の言語を学び、それを用いて自分の学んだことを 発信するための力である。いろいろな人々とコミュニケーションを図ることを目指す学生にとってこの能力は必須である。
 英語を例にとると、本学でも、他の教育機関と同様、一年次から、読む、書く、聞く、話す、の4つのスキルの訓練を徹底的に行っている。しかし、英語を身につけることだけが最終目標であっては ならない。英語力であれ、高度な専門知識であれ、実用性をもつ、すなわち社会に出て「即戦力」になる、だから重要だということにとどまるべきではない。言語を習得することで思想や文化を学ぶ、 つまり視野を広げることが可能になる、また、さまざまな学問を通して、ものの見方、考え方を学ぶ、そこが重要な点なのである。大学で覚えた英単語の数、読んだ本の数、得た知識や技術の量だけが 社会に出て役立つわけではないはずだと私どもは考えている。

3 リベラル・アーツ教育の実践例
 このような理念に基づいて本学で実施されている特色ある科目の例を、ここでは二つ挙げたい。

(1)「総合」
 「専門分野で完全になることに努めるall-round womenをつくるのに必要な他の事柄をないがしろにしてはならない。世間一般のことを知り、他の分野のことに接するよう努めていただきたい」 という創立者の言葉にある方針は、建学時から外部の講師を招いて行われる多様なテーマでの講演となって学生に示された。この伝統は1978年以降は、「総合」という授業において引き継がれている。 この授業は、年度ごとに、現代において重要な、あるいは身近な問題をテーマとして選び、毎週異なる講師を招いて行われるが、これまで多様な、そして先駆的なテーマが扱われてきた。 例えば、「エコロジー」はいまでこそ耳慣れた話であるが、この授業では1984年にテーマとなっている。また1991年のテーマ「共に生きる」は、90年代末から注目され始めた「共生」を先どりした感がある。 ちなみに2007年度のテーマは、「現代社会は人を幸せにするか」である。
 この授業のもう一つの特色は、テーマの企画・設定に始まり、講師を依頼するところまで、学生が中心になっている点である。このような企画、運営、実施に実際にかかわることによって、 学生は自主的に考え、行動し、リーダーシップをとることを学ぶと期待されているのである。

(2)「健康余暇科学」
 これは、2007年度の例では、「健康教育」「動きの教育」「余暇教育」「ウェルネス研究」「リラクセーションとレク活動」の5つのコースからなり、「自己および地球レベルの幅広い健康や余暇の問題に 関心を払い、社会に貢献し得る人材を育成する」ことを目指すとされる。これはまさに、津田梅子の唱えたるall-round women育成の一環である。本学では、創立10年後には校舎と寄宿舎のある敷地にテニス コートが造られ、校舎が全焼した関東大震災の翌年(1924年)には仮建築の校舎とともに雨天体操揚も建てられた。心と身体両方の健全な成長が期待され、人間の生命の質の向上を目指して、さまざまな角度 から広く健康の問題を扱う教科を必修科目と位置づける伝統が、初期に明確にされたのである。
 現在は、上記の5コースの中で、社会精神医学、世界の身体文化表現論、レクリエーション教育など多様な授業が提供されている。学科によって必修または選択必修と位置づけられるコースや自由科目とされ ているものもあるが、健康とは何かを考えることをall-round women育成の一端と見なす長い伝統は守られていると言えよう。ヘルスケア及びウェルネスに関する情報を発信し、この面での学生支援に携わる ウェルネス・センターの活動も、この科目の提供と呼応している。

4 おわりに
 最近は、IT技術などの進歩とともにグローバル化が進展し、世界は、一見すると、画一的な価値観を共有して小さくなっているように思われる。しかし他方、社会は多様化し、複雑になり、私たちは異なった 価値観をもつ人々と共に生きていることを、日々実感している。世界には、多様な価値観がぶつかり合い、生命の危険を伴うような深刻な問題が起きている地域があることに、私たちはいやがおうでも気づか されている。加えて、最近の社会の変化は急速である。
 そのような状況においては、まさに広い視野をもって考えることのできる力が必要とされる。多様な価値観のぶつかり合う、そして急速に変化する、そんな状況においても活躍できる、強靭な精神力と、確かな判断力、 しなやかな適応力、大胆に発想の転換ができる力、これこそ、リベラル・アーツ教育が育む力であろう。
 1939年に女子英学塾を卒業し、日本屈指の知的リーダーとして活躍してきた社会学者の故鶴見和子氏は、「津田塾大学の英語教育は、英語を技術として学ぶのではなく、学問への通り道、文化への入門として学ぶ姿勢」 だったと、あるインタビューで語っているが、この言葉には、先に述べた理念が示されていると言えよう。
 りっぱな高度専門職人になるために必要なものは、資格だけではなく、時代が変わって社会が求めるものが異なっても、それに対応できる力や生涯学び続ける姿勢だということは、卒業生の活躍・活動の分野にも示されている。 弁護士、政治家、外交官、教師などに加えて、医者、カウンセラー、音楽家、彫刻家、舞踊家など、学生として学んだ専門分野とは直接関係のない分野で活動している人、あるいはボランティアとして地域で活発に活動する人などなど、 極めて多様な分野で自分の役割を見つけて貢献しているのである。今後も、このような人間力を育む努力を続けていきたいと、私どもは考えている。

※『大学時報』 No.316 (2007年9月 日本私立大学連盟発行)に寄稿したものを、日本私立大学連盟の許諾を得て掲載しました。

2007/01/15(月)

大学のフロンティア-女子大学のこれから

民主教育協会誌 『現在の高等教育』 No.487 (2007年1月)

はじめに
 少子化の動きに伴って大学がさまざまな分野での改革を手がけ始めてから、かなりのときが過ぎた。それらの改革が成功したと思われる部分も多いが、改革の成果がみられないところも、当然ある。大学は、まだまだ努力を続けなければならないとの感を強くしている次第である。その努力の基盤になるべきもの、あるいは、言葉を換えれば、その努力を推し進めるべきものは、大学 の今後を見据えたビジョンであり、夢であり、期待である。そして、そのビジョンの根底には、大学の建学の精神、あるいは教育理念がはっきりと存在しなければならない。
   大学教育を受けた女性が多様な分野で活躍している現代の社会をみると、「女子大生亡国論」が唱えられたのは、いまや遠い昔のことだと誰もが納得する。しかし、女性だけを学生として受け入れる女子大学の意義はあるのか?あるとすれば、どこにあるのか?
 ここでは、1900年に、女子に教育を与える目的で創設された女子英学塾(現在の津田塾大学)を例に、女子大学にとってのフロンティアについて考えてみたい。1世紀以上前、女子が教育を受けることか難しかった時代に創設された女子のための高等教育機関が唱えた教育理念が、両性の平等が当たり前になった現代の男女共同参画社会にも生きているのか?そして、女子大学には、どのような可能性があるのか、どのようなフロンティアが期待されるのか?

建学の精神を現代に生かす努力
 まず、建学の精神を現代に生かす努力がどのようになされ、どれほどの効果を上げているのか、女子大学である特色はあるのか、を眺めてみることから始めたい。
 日本最初の女子留学生として11年間をアメリカで過ごした津田梅子が自らの使命とみなしたのは、日本の女性に高等教育を提供する学校を創設することであった。19世紀末の日本において、女性が自立するためには教育が必要であると考えたからである。女子英学塾開学にあたって梅子が掲げた教育の理念は、次のようにまとめられる。真の教育は優れた教師と意欲ある学生によって育まれること。学生の個性を重んじ、少人数教育を守り抜くこと。高度な英語教育 を実践し、英語教員を養成するとともに社会における女性の進路を開くこと。高い専門性と豊かな教養を身につけた完ったき女性(all-round women)を育てること。
 そして、これらの理念は、いま津田塾大学がめざす教育-「21世紀の複雑で多様なニーズに対応すべく、グローバルに、そしてローカルに、勇気・情熱・志をもって世界を拓き、社会に貢献する女性の育成」にも生きている。現代の教育の柱となるのは、リベラルアーツに裏打ちされた、オールラウンドな人間としての力、世界に向けて知を発信する力、国際的に活躍・行動するための英語力とコミュニケーション能力、生涯を通して学ぶ姿勢である。

女子大学で学ぶ意義
 これらのなかに、女性が女子大学で学ぶ意義は示されているだろうか?女子大学の意義として挙げられることの多いのは、企画力、組織力リーダーシップの育成である。男性のいないキャンパスで、本来、男性が果たすと社会でみなされていた種々の役割を女性が果たさなければならないことが、リーダーシップの育成に結びつく重要な要因であった。共学の大学においては、セミナーなどの場で女子学生が意見を述べると、「女らしくない」「可愛げがない」といった印象を与えるとか、女性は補助的な役割を果たすことが期待されていると認識し、自然にその役割を引き受けるため、リーダーシップをとる機会が少ない。したがって、リーダーシップ育成には女子大学がふさわしいという論である。しかし、現代の社会では、共学の大学においても女子学生がリーダーシップをとることは珍しくない。 「女らしくない」という表現は差別的であると受け止められるようになった。
 このような状況から、入学者の減少を恐れ、女子大学としてとどまることをやめ、男子学生を受け入れ始めた例もある。しかし、共学制だけが女子大学の生き延びる道とならないことは自明である。新たに入学する男子学生のニーズに合うものが、その大学になければ、男子学生も、その大学を選ぶことはなく、入学者の減少を抑える手段にはなり得ない。学生のニーズという場合、女子学生と男子学生の間で志向に大きな違いがなくなってきているからである。
 日本よりも早く、入学者の減少という現実を経験し、女子大学の存在意義を問わざるを得なかったアメリカでは、すでに1970年代に、女子大学の存在意義を強調する研究が現れた。いわゆる「女性アチーバー研究」である〔例えば、 Elizabeth M. Tidball, "Women's Colleges and Women Achievers Revisited," Signs, Vol. 5, No. 3 (Spring, 1980) 〕。大学を卒業した女性を対象にその出身大学を調査した結果、女子大学は、共学大学の約2倍にあたる数の各界で優れた業績を残す女性を輩出しているという数字も示されている。女子大学のアチーバー輩出率が高い理由として、この分野の研究者は、女子大学に通った女性が特別な才能の持ち主であったというよりは、女子大学という場で醸成された力を持つせいであろうと論じたのである。
 また、女子大学においては、共学大学に比べ、女性の教職員が影響力のある地位についている、つまり意思決定により多くの女性が参画している、と論じる研究もある。その結果、女子大学では学生にとってロールモデルとなる女性が共学大学よりも多く存在するというわけである〔Women's College Coalition, A Study of the Learning Environment of Women's Colleges (Washington,DC: Women's College Coalition, 1981.) 〕。
                                            

女子大学のエンパワーメント
 長い伝続を誇る女子大学ミルズ・カレッジ(カリフォルニア州オークランド市)が1990年に経験した問題は、女子大学の存在意義を論じる際の興味深い例である。学生数の減少のため高い教育水準を維持できなくなったとして同大学の理事会が男子学生の入学を認める決定をしたのであるが、同窓会の猛反対に加えて、学生がストライキをして抵抗した結果、理事会は決定を撤回した。共学制への移行を覆した、この行動を、ラトガース大学の女子大学であるダグラス・カレッジ学長メアリ・ハートマンは次のように評した。ミルズ・カレッジの女子学生は、 「女子大学の役割が女性のエンパワーメントにあること、つまり、女性を教育の使命の中心におくことで女性に力を与えるのだということを世界に示した」のだと。 〔"Mills students Provided Eloquent Testimony, Chronicle of Higher Education (July 5, 1990.) 〕 女子大学存在の意義は女性のエンパワーメン トにあるとの論である。ミルズ・カレッジは女性にとって重要な選択肢として女子大学として残ることになった。 「ミルズ・カレッジの学生のストライキは、女性にとって女子大学も教育的な価値ある選択肢の一つだと主張するためのストライキだった。ミルズカレッジの学生の勝利は教育的多様性を尊ぶすべての人々の勝利であった。」 (同)
 女子大学は、多様性が尊重される社会においての選択肢の一つとして重要である。ただし、選択を左右するのは、その大学が女性だけを対象としているか否かではなく、その大学が自分の求めるものを提供してくれるか否かであるべきだが。多様性が重要な価値として認められる新しい時代に、女性も含め、人々は多様な情報が交錯する社会において、独自の価値観に基づいて判断を下し、自らの人生を切り拓いていかなければならない。また、多様性が重視される社会では、自分とは異なる価値観を理解し、異質のものと共生する柔軟な姿勢を持つことが必要となる。そのような多様性を作る一つの要素が女子大学であると考えられないだろうか。

おわりに-女子大学のフロンティア
 多様性を重んじる社会において女性にとって重要な選択肢である女子大学が、今後どの方向に発展していくことになるのだろうか。教育における男性のニーズと女性のニーズの違いが小さくなってきているとする一方で、女性を対象としての改革を論じることは矛盾しているかに見えるが、最近の改革の動向としては;次のようなものが試されつつあると思われる。
 (1)女性は生涯学習の意欲が強いといわれるが、統計的にも社会に出てから再び教育を受ける機会を求める者が多い。今後、18歳人口の減少で、受験生獲得のために開拓すべきは社会人であるという考えは一般的であるが;とくに女子大学は幅広い層の女性を受け入れる場として望ましいと考えられる。たとえば、週末や夕刻にコースを提供するといった変則的な形で生涯教育を提供することは、育児などで休止していた(キャリアアップを望む女性にとってはよい教育の機会となる。津田塾大学の建学の精神には「生涯を通して学ぶ姿勢」の重要性が示されているが、これは、とくに女性の特性と結びついたものといえるかもしれない。
 (2)コンソーシアムなどの形での他大学との連携は、女子大学の特性を生かしつつ、共学や総合大学での教育環境も提供でき、ニーズを満たすことができる。共学大学コロンビア大学の女子大学であるバーナード・カレッジ学長ジュデイス・シャビロは、女子学生の質問-「バーナード大学とコロンビア大学のどちらかを選ぼうとする際に、あえてバーナードを選ぶ理由は何でしょう?コロンビアが提供するものはこんなに豊かなのに。」 -を想定して、次のように答えたといわれる。 「それとは正反対の問い方ができるでしょう。どうして女子大学のきめ細かいサポートと大きな大学の提供できるものを組み合わせないのでしょうか?なぜバーナードを選ばないのですか?」〔"What's So Great about Co-Education? "New York Newsday (June 23, 1994.)〕 共学や総合大学との連携を保ちつつも女子大学であり続けることで、共学の環境で得られるものとは異なった、あるいはより豊かな教育を提供できるという考え方は、日本における女子大学のフロンティアにもあてはまるだろう。

 ※『現在の高等教育』 No.487 (2007年1月 民主教育協会(IDE)発行)に寄稿したものを、民主教育協会の許諾を得て掲載しました。

2006/02/15(水)

日本経済新聞2006年2月8日朝刊コラム「交遊抄」

私の足長おじさん

「私たちの娘」。親しみを込めてそう呼んでくれるのは、米シラキュース大学で五十年余りも教鞭(きょうべん)をとり、七十七歳の今も教壇に立つラルフ・ケチャムさんだ。
 四十年前、フルブライト招聘教授として津田塾大に教えに来た彼に出会った。学生の一人として「米国に女子学生を一人連れて行って勉強させたい。我が家で面倒をみるから」。彼のそんな申し出に大学推薦を得てお世話になった。
 彼はまだ三十代。よそ行きのスーツは一着という質実剛健な生活ぶりなのに、十年で十人の学生を自費で世話したのだ。
 「食事代も家賃もいらない。その代わりベビーシッターをお願い」。妻のジュリアがそういったのは、負担をかけまいという夫妻ならではの心遣いだったのだろう。
 フットボール観戦の日。留学して日の浅い私のためにラルフはゼミの男子学生を選んでくれた。「ね、次のデートは申し込まれた?」。ジュリアはボーイフレンドの心配までしてくれた。
 市民権や社会文化を研究し、寛大で平等な古き良きアメリカを体現するラルフはまさに足長おじさん。彼の著作を翻訳するなど交流を続ける「娘たち」は彼の来日四十周年を記念して、夫妻の元への〝里帰り″を計画している。(いいの・まさこ=津田塾大学学長)

日本経済新聞2006年2月8日朝刊「交遊抄」より

この記事は日本経済新聞社の許諾を得て転載しました。

2006/01/30(月)

学長は何ができるのか-「支える人」としての気概

民主教育協会誌 『現在の高等教育』 No.477 (2006年1月)

はじめに
 社会における価値観の変化や少子化により「大学激動の時代」と言われて久しい。そして大学制度の変革など大きな変化を経たいま大学を巡る環境はきわめて厳しく、本来よりよい教育を目指しての健全な競争であったものが、大学同士の生き残りのた めの競争になっているようである。
 こうした最近の状況においては、学長のリーダーシップがこれまで以上に重要だと言われるのは、当然のことであろう。そのようなときに「学長は何ができるのか」を考えることは、就任して1年経ったばかりの私にとっては、自分の非力さを顧みて反 省することに他ならない。しかし、ここでは、学部が一つで学生数が3,000人程度である本学の歴史を振り返りつつ、学長が果たすべき役割を考え、自分がこうなりたいと思う学長像を述べることで、与えられた役 目を果たしたい。

建学の精神と学長の夢
 いまのような競争的環境においては、大学の個性や独自性が重視され、建学の精神に基づく明確な教育ヴィジョンを持ち、それを外に示すことが必要とされる。本学の創立者、津田梅子は、「真の教育」とは学 生に知識を分配するのではなく、学生が考える力、自立するために必要な実力を身につけることを助けるものだとの信念に基づいて、次のような目標を掲げた。
 (1)教育には優れた教員と意欲ある学生が大切である。
 (2)学生の個性を尊重するために少人数教育を重視する。
 (3)高度な英語教育を施し、女性の英語教員を養成する。
 (4)高い専門性を習得し、広い教養、国際性を身につける。
 本学が創立された105年前、創立者は、このような明確なヴィジョンを提示したわけであるが、この教育理念は、現代に求められる理念とあい通じる性質を持っている。本学の場合、20世紀のはじめに示された教 育理念が、21世紀にも生きているという現代性を持つものであるため、この理念を教職員が共有しやすいことは、きわめて幸いである。
 そのうえで学長の果たすべき役割は、建学の理念に基づき、その伝統を守りつつ、さらに次の100年を見据えた中長期的な展望を持つ新たなヴィジョンを提示し、そのヴィジョンの実現に向かって前進する明確 な姿勢を示すことである。教育について、あるいは大学に関して、夢を持ち、夢を語る学長でなければならない。自分が学長である大学が、10年後、20年後、そして100年後に、どのような姿であってほしいか、 どのように社会に貢献したいか、それを多面的に思い描くことができなければ、そしてその夢を学生や教職員と共有できなければ、目先の改革に関してすら舵取りをすることができないのではないだろうか。どん な時代にも、豊かな教育を受け、それを活かして世界に貢献する卒業生を輩出することが、大学の使命、学長の役割であるのだから。
 そこで重要なことは、学長の夢を学内、学外に向けて発信し理解を得ることである。今の情報化の時代には、ウェブを始め種々の方法で情報を伝達することが可能であるが、小規模の大学の場合は、学長が教授会 の場で自らの意見を述べ、教職員の意向をじかに知る機会があるという点が利点かもしれない。ただし、小規模の大学でも、情報を的確に発信すること、そしてそれが正しく理解され共有されることは簡単なこと ではないと、自分自身の短い経験から感じている。

経営者としての手腕
 夢を持ち、夢を語り、それを発信する、そして理解されることを確認するだけでは、大学は生き残ることはできない。夢の実現に向けて、現実的で鋭敏な経営者としての資質が要求される。経営基盤が確立してい なければ、いかに魅力的なヴィジョンを掲げても、その実現は不可能であり、学生が得るものは十分とはいえない結果になる。
 津田梅子は、津田塾大学の前身である女子英学塾を創立する以前にすでに、自身が経験したアメリカ留学の機会を他の日本人女性にも与えたいと願い、アメリカで日本の女性について講演することで支持者を得、 留学のための奨学金を確保した。そしてさらに、女性が自立するために高等教育機関が必要であることを訴える講演をし、要請の書簡を送って、塾創立にあたって経済上の支援者を得た。女性が大勢の前で話すと いうことが、日本ではもちろんのこと、アメリカでも、女性らしさの観念からはほど遠いとされていたときに、そのような努力をしたのである。
 また2代目学長、星野あいは、図書館建設の基金集めに東奔西走し、草履を何足も履きつぶしたといわれる。図書館を設立するに十分な基金を確保するまでの2年間に星野が訪問した商社や事務所は三百数十を 越えたと記録されている。
 こういったカ-それは戦略的な力というより、むしろ熱意そのものであろう-が学長に求められるという点で、大学が競争的資金の獲得などに力を注入しなければならない現代は、大学創立期ときわめて類 似しているといえよう。

支援者
 加えて、経営において、学長には判断力と決断力がなければならない。現代では、その判断力の大きな部分が情報収集の成否にかかっている。ということは、学長の大学運営には、大学内部および外部に専門的 な力を持つ助言者が必要だということになる。つまり、学長は、助言に耳を傾ける人でなければならない。心地よい助言だけが耳に入る「裸の王様」にならないよう、苦言にも耳を傾ける姿勢が重要である。
 津田梅子には、多くの支援者がいた。とくにアメリカには、彼女の夢の実現を支援する人びとがいた。留学のための奨学金を作った人びとは、彼女の願った女子高等教育機関を創立する資金を、募金によって集 めてくれた。また創立された新しい塾では、第2次世界大戦のために帰国を余儀なくされるまで、40年にわたって教員として無給で彼女を助け塾の発展に尽くしたアナ・ハーツホンをはじめとする、アメリカ人もい た。梅子自身にいささかの私心、私利私欲もなかったことが、多くの支援者を得られた理由だと推察できるが、それは、まさに現代の学長にも共有されるべき資質であろう。

「支える人」として
 教育においても経営においても、学長の力には限りがあり、学長補佐や事務局長をはじめ、教職員が情報を共有し、大学の目指すところに向かって協力することが必要であることは言うまでもない。そこで重要 なのは、教育・研究の目的が何であるかを認識し、信念を持って理想の実現に情熱を燃やす学長が、教職員の力を活かし、学生の力を伸ばす仕組みを作ることであり、それはすなわち、教職員や学生との豊かな関 係を築くことであろう。その前提として、学長が自らの大学に誇りを持ち、大学のため、学生のため、教職員のために全力を尽くそうという熱意を持っていなければならない。
 建学以来、大学を支えてきた多くの人びとのあとに続き、また、その「支える人びと」のひとりになって、さらに大学の未来を支える人びとを生み育てようという気概、つまり「大学を支える」気概が、学長には 何よりも大切である。

 ※『現在の高等教育』 No.477 (2006年1月 民主教育協会(IDE)発行)に寄稿したものを、民主教育協会の許諾を得て掲載しました。

2005/11/20(日)

大学の国際戦略-大学の国際化とは

日本私立大学連盟 『大学時報』 No.305 (2005年11月)

1.大学の「国際化」の進展
 グローバル化が社会を語るキーワードになり、大学の「国際化」が唱えられて久しい。最近では「大学の国際戦略」という表現が広く使われるようになり、 大学の「国際化」が少子化時代の大学にとって死活を左右するとまで言い切る報道も目にする。
 大学の「国際化」を計る指標として挙げられるのは、外国人留学生の数と交流協定数であるが、数字で見ると、大学の「国際化」 の進展は明らかである。 日本の大学が海外の大学と結ぶ学生・教員交換協定の数は過去5年で倍近い約11,300に上り、1校当たりの協定校の数も急増しており、海外からの 留学生受け入れが1,000人を超えている大学も多い。優秀な留学生を確保するため、また共同研究などの学術交流を活発に行うための拠点を海外に置く大学は 60校を超えた。各大学の「国際化」 への取り組みは真剣であり、またその形態が多様になっていることがわかる。そしてそれが、学生にとっての大きな魅力 となっていることも確かである。
 文部科学省も種々の「国際化」策を提示しており、2005年1月にとりまとめられた科学技術・学術審議会国際化推進委員会報告書「科学技術・学術分野における 国際活動の戦略的推進について」においては、「大学等が地域、研究分野など対象に応じ戦略的に国際活動に取り組むこと」、外国人研究者等の研究教育環境・ 生活環境への組織的な支援、海外の大学、国際機関、内外の援助機関等との連携、情報発信・収集力の強化等、大学等における特色ある組織的な国際活動 を推進することが重要とされている。今年度から始まった「大学国際戦略本部強化事業」もその一環である。  「国際化」とは何かという基本的な定義づけに関する議論も当然なされなければならないが、ここでは、いわゆる「国際化」が唱えられるいま、大学がその「国際化」に 果たす役割は何か、大学に求められるものは何か、今後の課題は何か、などを考えてみたい。

2.大学が「国際化」に果たす役割
 大学の「国際化」を計る指標として挙げられる、外国人留学生の数と交流協定数で「国際化」 の状況すべてが計れるわけではないし、 大学の「国際化」から学生・教員が得たものが開花し実となるには時間もかかるであろう。しかし、種まきをすることの意義は深い。
 学生が留学し、自らのなじんだ社会とは異なる社会や人と接して社会の多様性を理解し、社会に貢献する力や自立心を養うことは、 本学でも大いに期待している。本学は、創立者津田梅子が留学によって得たものを社会に還元する形で創立されたのであり、本学の教育 理念の一つは、「国際性」を身につけることだったのであるから。学生にとっても教員にとっても、国際的な教育の選択肢が拡大することは、 望ましいことである。
 また、国外から日本の大学に留学する学生に日本を理解してもらうことは、日本の姿を世界に知ってもらう貴重な第一歩であり、未来の 知日派を世界各地に育てることにつながると同時に、将来の日本全体の「国際化」を推進する最善の策であると私は信じている。さらに、 教員の国際的交流が研究面・教育面両方において極めて有効であることは誰もが経験している。まさに教育の分野は、人と人、国と国の 相互理解を深める最善の手段となりうるのであり、大学こそがそのような国際的な連携において最も重要な役割を果たせるのではないだろうか。
国際交流は「武器をもたない世界戦略」と言われるように、  優れた人材の育成に役立つだけでなく、平和な手段で社会を動かす力にもなりうる。ウィリアム・フルブライト上院議員は、広島に原爆が投下されて からわずか2週間後に、フルブライト計画の法案をアメリカ議会に提出したが、彼には「世界の平和を達成するためには人物の交流が最も有効である」 という確固たる信念があった。今年60周年を迎えるフルブライト交流計画は、その後、世界各地で25万人もの人々に教育・研究の機会を提供して きたが、その中からは政界、財界、学界における傑出した人材が生まれている。日本もその恩恵を受けた国の一つであり(筆者も、1960年代にフルブライト 奨学生としてアメリカで数年間、勉強することができた)、このプログラムが教育交流を通して日米関係に重要な役割を果たしたことは、誰もが認めるで あろう。教育面での国際交流が、政治、経済、社会、文化など多様な分野での国際関係の展開に重要な役割を果たしてきたよい例である。
 大学の「国際化」によって学生や教員の得るものが大きいという前提で、それでは大学はその「国際化」にどのような役割を果たすのか。
まず、学生に対しての責任という意味では、研究及び教育の充実、そして卒業する学生をどのような労働市場に送り込むかという面で重要な役割を 担っている。つまり大学には、カリキュラムなどにおける「国際化」を推進する責任がある。国際的に通用する教育・研究の場を提供し、カリキュラムや プログラムにグローバルな視点や国際的な側面を盛り込む努力をつねにしなければならない。特に外国からの留学生を受け入れ、期待される力を つけてもらうためには、カリキュラムの充実に加えて、教育サービスや情報提供の多言語化、宿舎や奨学金の確保も必要である。
 学生に海外で学ぶ機会を与えることも重要であるが、送り出す側としての大学の役割は、第一に、正確な情報を確保することであろう。つまり、 学生が留学先で学ぶカリキュラムについて十分な情報を留学前に与えられるか否かは、その学生の留学の成果を左右する。特に派遣留学の場合は、 学生本人だけでなく大学もそのことに責任をもつ必要がある。また、留学先での危機管理も重要である。そのような点で充実した派遣・交流協定などの 制度を推進するため、本学でも、「国際化」をあずかる国際センターは、フル回転の様相をみせている。
 このような「国際的な」学ぶ場を提供するという役割に加えて (というよりも、そこから生まれる役割と言うべきか)、大学に期待されるのは、国境を越え、 組織の壁を越えて機能する、知的情報交換と世界へ向けての情報発信の場になることであろう。世界の歴史を振り返っても、転換期や困難な時期、 政府も含めて、既成の組織や枠組みでは問題を処理しきれないときに、大学が一種の交流の場として存在し、知的指導者の知恵を集めて情報を交換し、 政策的な提言をもするという機能を果たした例がみられる。これは、現在の情報化時代においても、大学が果たす重要な役割であろう。
 また、大学を通じて、あるいは大学間で、人的なネットワークの構築が可能であるという意味では、国際連携に必要な人間的信頼関係を確立すること、 ひいては国際的な紛争解決などを民間レベルで行う場合に私立大学という立場で貢献できることも、大学が果たせる役割と言える。大学は、国の政 治的・経済的立場を離れ、教育研究を通じ、その成果を通して、今後ますます世界に貢献していくことができる。

3.課題
 ただし、大学が国内外に開かれた高等教育機関として活性化し、国際的な大学間の競争と協働を通じて、もてる潜在力を十分に発揮できるという、 真に意義のある「国際化」を実現するためには、いくつかの課題を乗り越える必要がありそうである。
 最も重要だと思われるのは、国境を越えて提供される高等教育の質の保証である。ユネスコと経済協力開発機構(OECD) で、今秋採択される 予定の「国境を越えて提供される高等教育の質保証に関するガイドライン」は、加盟各国に対し、「大学の国際的な認証評価制度の構築」を呼びかけ ている。そこには、数年以内に各国が協力して、世界中の学生がインターネットで各大学の教育内容をチェックできる「情報サイト」を構築することも 含まれており、これは、留学を通じての国際化の中で学生を守ろうとするものである。さらに、このような質の保証により、「世界に拡大する教育需要 に対応した選択肢の拡大」や「グローバルな知的ネットワークの強化」が実現すると同時に、日本の「教育研究水準の向上、国際的な人材養成、 知的国際貢献を果たす機会」となることが期待されている。大学が果たすべき役割として前節で述べたことの大半は、質保証のための課題とも言える。 加えて、学位制度の改定も検討されなければならない。
 以上のように、国際的に通用する教育・研究を推進するために大学が重要な役割を果たすには条件整備が必要であることは、誰にも共通した認識 であるが、それには多大な人的・経済的リソースが要求され、大学組織の中での種々の調整や制度の改革も必要となる。これも重要な課題である。 大規模大学では、教員の海外派遣・交流の派遣可能人数が充足されない例もあるという。教員の研究内容が多様で、協定校では研究ができないなど の理由が挙げられるが、小規模の大学では、むしろ派遣可能人数以上の希望者があり、国際化を唱いつつも、その実現に苦慮する例もある。 状況には大きな違いがあるが、そこにみられるのは大学組織の中での調整の難しさである。
 必須だと思われるのは、大学全体の中で国際交流がどのような位置づけであるのか、その比重はどれだけになるべきか、見極めることである。 それは大学の理念や方針と深くかかわるからである。本学でも、「国際化」 の重要性を理解し、大学としてその方向へ向けて体制を整える必要を認識 しつつも、どれだけのリソースを国際交流に充てることができるのかについて、長く検討が続いている状態である。
 大学のリソースが限られている状況では、この分野における国の支援が極めて重要となる。特に留学生の受け入れ態勢を整える場合、宿舎や奨学金 の不足を補うための国の支援は必須である。今年度「国際戦略本部強化事業」として採択された大学は、私立大学3校に対し独立行政法人化された 国立大学17校であり、文部科学省の姿勢は、いまも国立優位であるという印象を受ける。私立大学は、しっかりした国際戦略を立てて国の支援を得る 努力をすると同時に、大学間で協力するなどの工夫も必要であろう。例えば、2大学間の協定から多大学間の協定に移行する試みや、コンソーシアムを 組むといった可能性を探ることを、すでに進めている大学もある。
 さらに重要だと思われるのは、国際化の展開の基礎となる条件づくりである。つまり、学生の語学力を伸ばすこと、そして言葉だけではなく、 その根底になくてはならない教養の涵養である。国際化が進められれば語学力の強化や教養の涵養に貢献すると期待されているのは当然であるが、 逆に、国際化を進めるためには、学生本人の実力がまず要求されるはずである。国際化によって大学の、そして教育の、質が向上することを願うと 同時に、長期的な視野をもち、地に足の着いた国際化を進めるために、教育の質、大学の質を向上させることも考えたい。

 ※『大学時報』 No.305 (2005年11月 日本私立大学連盟発行)に寄稿したものを、日本私立大学連盟の許諾を得て掲載しました。